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アレクサンダー・テクニークの源流

" アレクサンダー・テクニーク "

2018年4月9日

こんにちは!ハリ弟子です。

 

アレクサンダー・テクニークを学んでいると、ある時期で混乱することがあります。

 

原理はとても簡単で「頭が動いて、体全体がそれについてくる」というだけです。

 

それさえやっていれば、起こるべきことは自然に起こるとまことしやかに言われます。

 

一方で、ある特定の姿勢を指して「機能的優位な姿勢」と呼ぶこともあります。

 

実際にベテランの先生のレッスンを見ていると、個別の動作(楽器演奏だったり演劇の発声だったり)で、頭と体全体を言いつつ、手足と胴体の位置関係や角度など、この方がより機能しやすいという具体的な体の動かし方にまで踏み込むことがよくあります。

 

この辺り、微妙な違和感をずっと持っていました。

 

「起こるべきことが自然に起こる」という時のお任せな感じと、「機能的優位な姿勢」という時にある特定の体の使い方への決め打ちな感じが相いれないのです。

 

この違和感の正体が何なのか、フランスのアレクサンダー・テクニーク教師ジョアンド・マスエロのある指摘がヒントになりそうな気がしています。

 

デルサルト・システムです。

 

ジョアンドによると、アレクサンダー・テクニークはデルサルト・システムを踏襲して出来上がっているそうです。

 

デルサルト・システムとは、フランス人のフランソワ・デルサルト(1811-1871)が始めた身体表現のための理論です。

フランソワ・デルサルト(1811-1871)

フランソワ・デルサルトは元々オペラ歌手で、カルメンを作曲したビゼーのお母さんはデルサルトの妹という家系です。

 

彼は、将来を嘱望されたテノールだったにも関わらず、パリ・コンセルヴァトワールで4人の先生から同時に別々のスタイルを強要され、無理をしたために声が出なくなり、歌手生命を絶たれました。

 

その後、表現のための体の使い方を科学的に解明することに生涯をささげ、出来上がったのがデルサルト・システムです。

 

残念ながら本人は本を書かなかったので、そのオリジナルの姿は分かりません。

 

後継者が残した本によると、体を各パーツ(頭、胴体、手足といった具合)に分けて、それらがどういう関係性にあるのが表現のために適切なのか、鏡を見ながら学んでいくものだったようです。

 

F.M.アレクサンダーも、声を取り戻す過程で鏡を使った自己観察をしており、この類似性は大変興味深いです。

 

若い頃のF.M.アレクサンダーが、レターヘッドにデルサルト・システムと書き入れていたのは前から分かっていたことですが、オーストラリアのタスマニアでどうやってそれを学んだのか謎でした。

 

この点について、ジョアンドが発見した事実によると、フランソワ・デルサルトにはカミーユ(1818-1877)という弟がいて、やはりデルサルト・システムを教える仕事をしており、パリ国立オペラでは歌唱と動きの担当教員でした。

 

その後、カミーユはタスマニアに移住して20年ほどそこで暮らしており、タスマニアの地元のみならずオーストラリア中で当時の音楽家や俳優たちに大きな影響を与えたそうです。

 

カミーユのタスマニア移住は1851年、F.M.アレクサンダーは1869年タスマニア生まれですから、直接教わったことはないにしても、カミーユが伝えたデルサルト・システムをお弟子か誰かから習ったというのは十分に考えられることです。

 

実際、19世紀末から20世紀初頭にかけての約20年間、システムは世界中で大流行したそうです。

 

若い頃のF.M.アレクサンダーのレターヘッドには“THE FAMOUS DELSARTE SYSTEM”と書いてあり、これを書くことで箔が着く、つまりデルサルト・システムは大変な人気があったことをうかがわせます。

 

この頃、デルサルト・システムの影響を受けた人には、リトミックで有名なダルクローズ(1865-1950)がいますし、モダン・ダンスのイサドラ・ダンカン(1877-1927)もそうです。

 

ちなみにBody Chanceの源流であるアレクサンダー・テクニーク教師マージョリー・バーストウ(1899-1995)はイサドラに師事してダンス教師になった人です。

 

自分のダンスの師と共通のバックボーンがあることを知っていてF.M.アレクサンダーに習いに行ったのか、この辺りも興味深いところではあります。

 

いずれにせよ、無関係なはずのイサドラとF.M.アレクサンダーがこんな形でつながっていて、時代を下れば現代の我々まで伝えられているというのは感慨深いものです。

 

一世を風靡したデルサルト・システムですが、次第に機械的に形を模倣するだけのものに変質して捨たれ、もはや伝えられなくなりました。

 

しかし、フランスには本人による手書きの草稿や書簡などが図書館に残されているそうです。

 

ジョアンドはそうした一次資料も研究した上で、F.M.アレクサンダーの著作とも比較して、デルサルト・システムがアレクサンダー・テクニークのベースになっていると確信したそうです。

 

いずれ、こうした一連の研究成果を発表する予定らしいので、今はそれを楽しみに待ちたいと思います。

 

今回、これを書くに当たって、以下の資料を参考にしました。

 

ご関心あれば、こちらのリンク先もご参照いただけるとありがたいです。

 

武田 清『デルサルトの表現システムについて I』

 

ウィキペディア仏語版のフランソワ・デルサルトの項目

 

Body Learning Cast(英語)

(アメリカのアレクサンダー・テクニーク教師ロバート・リックオーバーとジョアンド・マスエロの対談)

 

関連記事:

デルサルトってどんな人?

声を失ったデルサルトが選んだ道

デルサルトの方法論

心と体をつなげて考えたデルサルト

デルサルトの曼陀羅

デルサルト・システムの流行と衰退

この記事を書いた人

2016年、東京練馬区の江古田にてbodytune鍼灸マッサージ院を開業。

鍼灸師、マッサージ師。アレクサンダー・テクニーク教師。

 

カテゴリー: アレクサンダー・テクニーク. タグ: .
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