東京都練馬区の音楽家のための鍼灸とアレクサンダー・テクニーク
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気が見えるといいことありそうな気がするのは本当か

" 東洋医学 "

2020年6月9日

ある鍼灸師が気が見える鍼灸師はどのくらいいるだろう?とつぶやいたら、何人かが見えると返しました。

 

反対に見えないと答える人もいました。

 

鍼灸は気の医学、気の調整をするとよく言われます。

 

なので気が見える、あるいは何らかの形で感知できるとすごくいいことがある。

 

と、鍼灸学校のころ僕も思っていました。

 

一方で四診があるので気は見えないし直接感知することもできないのがこのゲームのルールではないかと疑ってもいました。

 

四診とは望・聞・問・切で、目で見る(望)、声色を聞く・臭いをかぐ(聞)、言葉で問う(問)、触れる(切)という鍼灸の診察法です。

 

明らかに五感を使っているわけで、気が直接見えるならなぜこういう手法が発達したのかと素朴な疑問がわきます。

 

結局、黄帝内経の時代も現代の我々と何ら変わることなく、気を直接見ることができないから脈とったり舌見てたりしてたんじゃないのだろうか。

 

今だったら団扇であおぐと風がおこるのは空気が動くからと我々は知っています。

 

調べればその組成が窒素、酸素などであることも分かります。

 

二千年前の中国では扇であおいで体に当たってくるものは目に見えない何かです。

 

そういう目に見えない、計測できないもののふるまいを気という概念で説明したと考えたらだめでしょうか。

 

これまた素朴ではありますが。

 

それでもやはり気が見える人はいます。

 

おそらく黄帝内経の時代にも一定数見える人がいたのでしょう。

 

次の問いは気が見えることが役に立ってるかどうか。

 

役に立つというのは気を見ることでどこにどう鍼や灸をしたら良いか分かり、しかも効果があるということです。

 

僕には分かりません。見えないので。

 

ちなみに僕の場合はアレクサンダー・テクニークの教師養成で動作観察の経験をさんざん積みました。

 

だから動きはけっこう見える方だと自負してもよかろうと思っています。

 

でも鍼灸には役に立っていません(笑)残念ながら。

 

厳密に言うと動きが見えることだけで鍼をする場所が決められるほどには役に立っていません。

 

また音楽家の中には音が脳内で色彩に変換されて見える人が一定数います。

 

でも見えるから表現がいいとか演奏が素晴らしいという話にはならないようです。

 

そう考えると気が見えるのも観察して得られる情報のあくまで一部に過ぎない気がしてきます。

 

使えばいいと思います。見えるのなら。

 

でも見えないからといって鍼灸できないわけでもないなあ。

 

僕の結論は今そこです。

この記事を書いた人

2016年、東京練馬区の江古田にてbodytune鍼灸マッサージ院を開業。

鍼灸師、マッサージ師。アレクサンダー・テクニーク教師。

 

カテゴリー: 東洋医学. タグ: .
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